さらりと

一週間だけ、イギリスに行ってきた。かなり濃厚な体験。ひさしぶりに訪れたロンドンは、いろいろな人が海外から流入していて、5年前よりかなりカオスでもあり、ピリピリもしていた。逆に言うと、東京はかなり温い環境になっているということか。
あれこれとおもしろく、ヨークでは地ビールを飲んだり食事をしたりと、イギリスの飯が不味いという観念を覆されたし、あたらしい出会いもあって面白かった。それにしても、到着していきなり資料館で20世紀初頭の政治家の直筆文書をみているのは、現実感が希薄にもなる。
美術館に行く時間は最終日しかなく、しかもナショナル・ギャラリーだけ。だが、約2時間ほどの体験で、かなり強烈。とくに、レンブラントの作品のいくつかが、今回は印象的という以上に刺激的だった。こればかりは図版では分からぬ、朦朧とした色彩から浮き上がる顔面。また、小さなデッサンめいたものもあって、こちらも印象的。磔刑図があったが、背景に遠くけぶる廃墟などが印象に残る。もちろんファン・アイクやベラスケスなども、浴びるように観る。
そこで買ったのは、一昨年開催されたらしい小企画で、Tom Hunterなる写真家のLiving in Hellという展示のカタログ。これがナショナル・ギャラリーで開催されたこと自体も驚きだが、一見して質が高い。フェルメールのような薄暗い室内に、絵画のように散乱した物の中に座る老婆の写真が表紙なのだが、あきらかに何かの作品を構図として取り込んでいることがわかる。しかし良く見ると、壁紙の模様らしき物は実はゴキブリであり、散らかった物はすべてゴミで、ピザの食べ残しや酒瓶の破片などが転がり、ネズミや虫が這っている。まさにLiving in Hellなのだが、その暴力的で不穏な描写ときわめて知的な操作が一枚のなかでなされているように感じた。解説はこれからじっくりと読むつもり。
そこから移動してICAのブックショップに飛び込み、とりあえず適当に目を流す。と、これは去年でたらしい、グリーナウェイの新作カタログと出版物。タイトルは「Nightwatch」(夜警)で、「レンブラントの「夜警」には陰謀が潜んでいる・・・」という書き出しに始まる作品は、演劇台本か映画か(映画らしいが、よくわからない)、いずれにしても「夜警」のなかの人物一人一人を洗い出し、丁寧に履歴と相互の人間関係を書きだし、そこに策謀と陰謀をみてとる、というコンセプト。ある種の積極的な絵画の読み込みの一種だが、いつもながら豪奢なやり口にやられた。

一つ意外だったのは、明らかに食生活が向上しているというか、やや高いがスーパーでも美味しく過ごせること。とくにマークス&スペンサーのサンドウィッチは、意外に美味。新鮮さを売りにしているし、ライ麦パンに新鮮な野菜とあっさりめの味付けが効いていて、癖になる。ただ、サンドウィッチの一番安いのが1.6ポンドというのは、やはり少し高い。しかし、ジュースにしても何にしても美味しく過ごせる可能性があるというのは良い。ホテルで食べたイングリッシュ・ブレックファーストよりも美味しいという印象。
他方で、変わらずすべてのシステムが適当だ。ヨークに行くために新幹線のような物をつかったが、時間によって値段が変わる、という意味不明なシステムのくせに、電車自体は平気で遅れたりする。なぜ時刻で値段が設定されているのか謎。席を予約しても、その予約席(シートの頭上に貼り紙がして、予約席であることが示される)に別の人が座っている。おまけに、それを乗務員に訴えても、「切符きりが来るまで待て」と言われ、「空いている席に座れ」と言われて、やはり予約の意味が謎。

音楽については基本的にテレビのみ。ただ、もはやどうしてもロックがダサく聞こえてしまい、聴く気をなくす。ピカデリーにあったタワレコは3年前にヴァージンになったらしく、インディーズのCDをすぐ買う手段がほとんどない。東京各地にあるディスク・ユニオンの凄さにあらためて感服する。CDを山ほど買って帰ってこようかとおもったが、場所がみつからず。
本屋は充実しているが、今回目立つのはWaterstonesよりもBordersの方だ。トテナム・コート・ロード近くのボーダーズでかなりウロウロ。フォイルズやウォーターストーンズでは、ほとんど理論的な本が見られなくなってしまった。ヨークでもボーダーズで、なぜかニューレフト・レビューを売っていたので購入。ボーダーズがこれからも残ることを祈る。

こうしてみると、やはり充実しているのは美術館だったかもしれない。テート・モダンに行けなかったのが心残りだが、ナショナル・ギャラリーだけでも、あれほどの充実したコレクションが、迷路のような広大なスペースで惜しげもなく展示されていると、とりあえず呆然としながら立ちつくしてしまう。そこから何が出てくるか、を支えるギャラリーのシステムもあるし、刺激的な環境が保持されている。音楽面はもうすこし実地にライブハウスに行かないとわからないが、美術面ではこれからも何かあるかもと思わせる。これだけの環境は、東京では望むべくもない。
もちろん、かなり格差が厳しくなっていて、東京や日本の比ではないし、緊張感がすごい。いってみれば移民政策の実験がどうなるのか、これは興味を持って見るしかないだろう。