秋いずこ

メルツバウ「メタモルフィズム」を聴いてみた。いつでたのか定かではないし、膨大な音源をずっと追っているというわけではないが、どうもかなりロックな印象を受けて、突然の驚き。
ノイズ、というジャンルがあるのか、あったのか、これからもあるのかは分からないが、メルツバウのCDを聴くと、ほぼいつも非常に色々な形式の音楽が頭に浮かぶ。耳に聞こえるのはジャージャー・ギュンギュン・ジグジグというような音がいくつも練り合わさっているようなものなのだが、あるときはそれがオーケストラのように、あるときは大音量のテクノのように、あるときはミュージック・コンクレートのように、と、まるで何かのジャンルを劇的に抽象化したような感想をえる。ひょっとしたらリズムがきちんとあって、音の高低もすべて譜面に起こして器楽化できるのではとさえ思うといってもいい。のだが、このCDは、ひょっとするとアナログの機器を使っているのか、電子音の突き刺さるような音ではなく、以前に聴いたことのある体ごと突き上げるような爆音が、ほとんどエレキギターのようにうねりだし(それとは別にプリペアド・ギターも使用される)、とくにpart 3以降は、モーター音のような周期的な低音に、そのうねりがかぶさって、ハードロックを聴いているような印象を受けた。しかもその興奮する部分だけを身体化するような、畳みかける音。
それがなんなのかは良く分からないのだが、もうハードロックはとうに古典になってしまった、あるいはただ爆音のノイズもすでに聴いてしまった、というようなときに、なんだかやたらな盛りあがりで、とても良い。

今さらだが、金城武主演の「リターナー」を観る。実に驚きのレベルの高さ、本当にこれが日本製の映画かと疑うようなアクションの充実ぶり。前から気になっていたのだが、どうにもマトリックスめいた黒革のコートのジャケットが引っかかって、なかなか観られなかった。しかし、始まってみればタイトルが出る間にも前フリのストーリーが1分間ほどで示されると、あっという間にとても子供向きではないギャング映画的な銃撃シーンが始まって(とりあえず撃たれて血が出るという演出だけでも予想外なのだが、それ以上にすべてが速く正確)、トントン拍子でおよそ90分ほどで充実したストーリーを語り尽くして終わる。一切の無駄がないといえばないが、非常に凝ってもいて、たとえば最初の銃撃シーン前後でわざとらしい早回し/スローモーションが出てくるのだが、その動きが実はのちのち、体感を加速させる装置の演出とかぶり、無理なくSF的な動きを受け取れるように工夫されている。
また、たしかにマトリックスめいた弾よけも出てくるのだが、舞台設定がバーチャル・リアリティではなく、あくまでSF的な機械を装着した現実の世界という点で、実際の印象はおおきく異なる(つまりマトリックス的な「なんでもあり」感がないのが、大きくちがう。あくまでSF的な設定が少し入り込んだ、ギャング映画とみるべきか)。そして最後、すべて敵がいなくなったあとで起こる変化が、ありがちな画面処理ながら見事にセンチメンタルで、そこからラストの展開まで、まったく無駄がない。鈴木杏の演技も見事(マンガでしか見たことのないような意地悪な表情を実際にしてみせるところがとくに驚き)で、金城武も泥臭くない新鮮な雰囲気を作りだしていて、素晴らしいと思った。
ただ一つの疑問は、相手にしようとしている観客の年齢層がよくわからないところで、とても趣味の良い(実写でギャングもので血が出て人がバタバタ死んでも不平を言わない、というような意味で)ハイティーンかとも思うのだが、鈴木杏金城武の関係が、恋愛と言うよりは兄妹もしくは友人のような親密感で、そこも良いと思うのだけど、ティーンにはやや微妙な線かもしれないと思ってしまった。いずれにしろハリウッドアクションみたいな映画だとびっくり。

安部政権が崩れ、新政権が成立した。さきには大臣の自死でさえやり過ごさず批判の的にされていたはずなのに、新政権成立とともに、安部政権のことはたちまち(少なくともテレビの)報道から消えてしまう。これは、はたして何なのだろうか。
一方で、安部政権を批判するあまり、ある種の過小評価がなされているようにもおもう。実際、安部政権は、これまで公言されることのなかったテーマを公約に掲げて登場し、いくつもの法律改正・制定をしたはずだ。そうした諸々の政策が、しかし、あたかも年金問題や選挙の敗北という話題で隠されてしまったかのように、ほとんど論じられないのはなぜか。それは、そうした政策を暗に肯定しているのか、あるいは、何か差し迫った話題やちょっとした悪口を言いたいがために見ないことにしているのか。目的のないせわしなさ、小さなサディズムへの没入、あるいは、見ないことにする、といった風潮が、奇妙に報道を覆い尽くし始めているように思えなくもない。そしてこうしたことが、小さい問題であるのかどうか、僕にはそれがわからない。