間違い。いつも買っているコーヒーがなくなっていて、

 
 なんだかんだで池袋WAVEはなくなってしまった・・・事情はよく分からないが、少し寂しい。

 ともあれ、セールで買った品々の影響か、久しぶりにメジャー作品を聴きたくなり、とりあえずポーティスヘッドの「サード」と、ベックの「モダン・ギルト」を聴く。
 ・・・暗い。なんでこんなに暗いのか。いや、ポーティスヘッドはまだ分かるというか、もともと暗かったので、いわずもがな。
 しかしベックが暗い・・・暗いというか、もう死んじゃうようなヤバい歌詞ばかり。ほとんど失調の症例のショーケースみたいな内容の歌が延々つづく。

 まず全体としては「なんでここにいるのか分からない」とか「いままで何をして過ごしてきたのか分からない」という不安が通底している。そこに、故のない罪責感やら(「モダン・ギルト」とは得体の知れない罪の意識のことのようだ)、他の人たちが同じ感情や思考を持つ人間として受け止められない現実乖離感など、とにかくゆえもなく罪の意識や非現実感に苛まれている苦痛ばかり・・・

 一応、不安の源泉としては、空を飛ぶ不安定な飛行機、のイメージが出てくるので、これはひょっとしたらアメリカの政治情勢に対する絶望感を言いたいのかもしれない(「悪はもうウンザリ」という歌詞もある)。が、それだけでは分からない歌詞ばかりだ。さいきん聴いたばかりだからかもしれないが、エレクトロポップで失調気味の歌詞、というとスパンク・ハッピーの「インターナショナル・クライン・ブルー」とほとんど同じではないかと思ったりさえする。しかも、ベックがある意味で巧いのは、どの歌詞も一人称でありながら、短い言葉の積み重ねで、さらりとイメージを重ねていくところだ

(とくに「レプリカ」という曲は、まず乖離感を一人称で歌っておいて、そうした乖離している人間を次に別の視点からとらえなおして「あいつらは、だからレプリカ野郎といっていいんだ」と、視点がさらりと変わったりする技工の冴えが際立つ)。

 かとおもうと、音全体はやたらと少人数な風情で、最大で5人、最小2人だけで作っている簡素さが目立ち、音もかなり絞り込んでいる。かとおもうと、あれこれ工夫もしてあって(なんていうんでしょう、定位?が曲ごとにバラバラで、ウ゛ォーカルが薄くいくつも重ねてあったり、ギターの背後でうっすら歌っていたりと、処理が凝っている)、作り込み具合も謎。

 これはヤバい・・・とおもいながら、そういえば年末年始とロック雑誌を繰ってみれば、やはり年間ベスト5以内に入っていたりする。アメリカでも初登場4位だったらしい。信じられない・・・自分が健康的とはまったくおもわないが、これを聴いて、みんなどうしているのだろうか。

 たしかに、いま、アメリカにいればこうした精神状態になるしかないのかもしれない。それにしてもこれはヤバい・・・何がヤバいのか?それが個人的なものなのか、政治なのか、世相なのか、それがまったくわからないということが、一番こわい。