維持と変化6

今日、さっき文芸座のまえを久しぶりに通ったら、来週火曜日(19日、か)に、「アブラクサスの祭り」と「乱暴と待機」を2本立てでやるという。なんだか良く分からないが、行ってみたい気もしないでもない。

というか、実はもう久しく映画を見ていない。たぶん最後に見たのは、おなじく文芸座での「ウィークエンド」ではないだろうか・・・あれはなんだか物凄かった。何かのベスト5に入る。ハイファイとかデジタルとか、作品ってそういうことじゃないんだなと思わされた。
そのあと「フィルムソシアリズム」という作品があると聞き、つまりは何処でも誰でも撮れるし作れるというのが「フィルムソシアリズム」なのかなと思ったりもしたが、見ていないのでわからない。


19日か、迷うー。




久しぶりに、書くことがない。いや書こうと思えばいくらでも話はあるが、とくに必然性をかんじない。そういえば昨日、がんばって下ネタを導入してみたが、どうだったんだろう・・・なんだか自分が「こわいひと」みたいなイメージがありそうで、そうじゃなくてどうでもいい話題とか沢山ありますということが言いたかったのだが、伝わったかどうかも知らない。



書こうと思えば書ける話題と言えば、たとえば(あくまでたとえば、であり、だから積極的な意見にいたっていないのだが)いま、多くの人がトーデンを問題にしている。それは分かる。また、そのトップと、現場について多くの人が問題にしている。それも分かる。


けれど、たとえば分からないのは、どうもかなり以前から、トップよりもうちょっと下の部署のことが気になる。たとえば、計画停電のときもそうだったが、実施するその日の深夜0時に決定が公表され、その6時間後に停電が実施される、というのは、どこかがかなりパニックになっているのでは、という印象を持った。そんなことをすればトーキョー全体がパ二クるのに、そういう想像力が動いていない気がしたのだ。それはそれで、しょうがないのかもしれないが。
また、そのときの成りゆき的に決められた区域が、結局そのまま2週間近くも採用されていたり、一方でいつのまにか23区が除外されていたり、成りゆきと計画の関係がまったく分からない。これも、どこかがかなりパニックなのではないかという印象を、一層つよめることとなった。

で、実際の部署編成がわからないので想像するしかないが、そのパニックは、トップでも現場でもなく、もうちょい下の、計画立案したり管理したり、実際のプランを決定するあたりがそうなっているのではないかという印象をもった。具体的にどうなっているのかは、わからないが、トップがこまかい決定にどこまで関与しているのか、そのあたりが実は不明。一方、現場の人は指示に従っているのだろう。


とはいえ、だからといってトーデンを非難したいわけではない。これまでニホンのほぼすべての人が支持していたのに、いきなり裏返って攻撃されるのはタマッたものではないだろうし、また攻撃したからといって何かが解決されるとも思えない。もうすでに株が暴落していて、それはトーデンの資産だけでなく、その株を持っている人の資産まで影響を与えているからだ。そういうことではなく、もっと効率的で長期的な打開策はないかと考える。

たとえば、実際ケーザイサンギョー省はあからさまにトーデンに振り回されていたようにしか見えなかったが(ということはつまり、停電と言うのは政府による統制とは全然ちがう、企業の営業活動の一つにすぎないものだとも思うのだが)、これは省のコネクションがトーデンのトップとだけ繋がっていて、実際の計画運営部署につながっていないせいなのでは?とかも思わせる。だったらもうちょっと下に人員を置いて、情報を収集して、適切に公表したりした方が良いのではとか。できるのかどうかは知らないけど。


で、だけど、こういう疑問をつまりは計画停電がはじまった時からもっているわけだが、誰も答えを教えてくれない。まあ、でもそんなものかとも思う。



逆に言うと、トップを非難することは簡単だが、たぶんそれだと、トップが代われば問題は終わってしまう。はたしてそういうことが問題なのだろうか。もう少し中長期的な見通しで問題を立てることはできないのか。
そうしないと、たぶん最終的には補償した時点で問題解決という扱いになると思うのだが、トップを非難している意見の問題意識もまた分からない。



まあ、でもだからといって結論がないから、どういうわけでもないけど。

世の中わからないことだらけだ。


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