作用と持続18

いまも、ひとりで、部屋の中にいる。実は今日はエコダというところに行こうかと思っていたのだが、わずかにお腹の調子がよろしくないため、直前で止まってしまった。あと3駅ではないか・・・
だから、いまも、ひとりで、部屋の中にいるのだが、文脈を欠いた文章をつなげば、訃報に接するといつも思うのは、何かどうしてか間に合わなかったという意識だ。何が間に合わなかったのかは、よくわからない。知り合いになることなのか、文章を読んでもらうことなのか、会うことなのか、それ以外の何かなのか。だが何かに間に合わなかったことだけが分かる。
だから、いまも、ひとりで、部屋の中にいる。


どうでもいいが、8月のスケジュールをチェックしはじめると、14日のライブなどの予定があることが分かってきた。が、15日は謎である・・・良く知らないが、なんとなく多くの人がその日にフkushiマに行くような気がする。別にそこでなくとも、トーホクでもカンサイでもいいのだが、あちこちに飛ぶのではないかという感じ。そういう動きが、ありそうな気がする。
別に止めるわけでなし(そもそもそんな権限はない)、いろんな人が、目的も意図も定かでないままアチコチに行くというのは楽しいと思うのだが、それはそれとして、さて自分はどうしようかと考えはじめる。とくに決めていないのだが。もう少し考えるか。




だから、いまも、ひとりで、安全な部屋にいる。3つある窓は閉め切っていて、外からの音はしない。わずかにパソコンの駆動音が微かにするだけだ。
机の上のモニタには、人影が映っている。背中をまげ、やや長身の彼は、外を歩いている。外は、雨が降っている。いや降っていた。


どこを歩いているのか、その場所はわからない。わからないというより、正確にはどこもかしこも同じようにしか見えない。おなじアスファルト、同じ雨の跡、おなじ町並み、おなじチェーン店、おなじ通り。沢山の店があるが、それがどこの、なんという街なのか、まったくわからない。
それに、街にはまったく人がいない。最初からいなかったのだろうか、いなくなったのだろうか。どこへ行っても、誰にも会うことはない。外は闇夜で、明かりは薄暗く、どこまで行っても人影はない。ただ同じ町並みだけが、ひたすらに続いている。


いや、そうではない。これは今ではない。今の街ではない。
これは、3月下旬の街だ・・・




どこを歩いているのか、その場所は分からない。街には人がいない。昼の光の中で、おなじ町並みには、まったく人気がない。
わずかに開いていたスーパーに入ると、そこにも人がいないばかりか、商品自体が空っぽだった。
何も置かれていない棚だけが、延々と続いている。


街の人はどこへ消えたのだろうか。家に閉じこもっているのだろうか。家に閉じこもって、何をしているのだろうか。
家の中で、たぶん、テレビを見ている。テレビを見て、そのまま固まっている。


テレビには、海が映っている。いや、正確には海が街を飲み込む風景が映っている。車が、街が、押し広がる海のなかに消えていく映像ばかりが続いている。そして人々はそれをみて、ただひたすらに固まっている。そうやったまま、何時間も、何日も、固まっている。いったい、どれほどの時間をそうして過ごしているのだろうか。
一週間か、一日か、一か月か。憑かれたようにそれをみて、固まっている。


だが奇妙なのは、多くの人が、それをみて、廃墟についてしか語らないことだ。現地を見て、サラチになったことを語る。やけあとのようだと言う。まるで戦争のようだという。焦土のようだと。
それは、そういうコトバで説明しやすいからだろうか。廃墟が、戦争のイメージを惹起するからだろうか。なぜか、それについては、誰も語らないのだ。


けれど、誰もが知っている。誰もがその光景を見たことを。その場にいなかったかもしれないが、そこで起きたことの一部であっても、それを見たことを知っている。あるいは、そこで何を見たのかを知っている。
だが、コトバにおいては、あたかも、まるでそれを見なかったかのようだ。まるでそれを全て忘れてしまったかのようだ。その場所、その光景について、起きたあとのことばかりが口にされる。
あと、跡、痕、後。それが焦土のようだと、廃墟のようだと、あとのことばかりが口にされる。舌はあとのことしか語らないかのようだ。


その光景については、まるで語ってはならないと、誰かに命じられたかのようだ。それについては、見なかったことにしておけと、うらで脅迫されているかのようだ。
だが、それは一体、誰に命じられたのか。もしそれを見た人が、これから何かをつくり出そうとするとき、その光景を抜きに語れるのだろうか。
あるいは、その光景の記憶からつくられた何かが生まれたとき、それを見なかったことにしたままだったら、その何かを正しく受け止めることができるのだろうか。たとえその何かがクズのようなイメージであっても、とりあえずはそれを「見なかったことにしておけ」といって、顔を背けるのだろうか。
一体、それは誰に命じられたのか。これからも、命じられ続けるのだろうか。


だが、それを言う前に、一体いまがいつなのか、ここがどこなのか、彼にははっきりと分からないのだ・・・




彼は、外を歩いている。外には人がまったくいない。
彼はある建物の前にやってくる。自動ドアの前に立っている。ドアを通り抜けている。薄暗い廊下を歩いて、階段を上っている。ひとつのドアの前に立ち止まり、ドアを開けて中に入っている。


そこには窓が3つある部屋である。窓はすべて閉め切ってあって、外からの音がしない。ただわずかにパソコンの駆動音が、微かにしている。
窓の外では雨が降っている。雨が降っていた。降っていない。モニタは電源が切られていて、何も映っていない。


だから、ひとりで、部屋の中にいる。だが、そこが安全かどうかは、まだ分かっていない。



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