札幌国際芸術祭覚え書き 備忘録のあと(1)

12月27日 木曜日
混んでいることは予想されたが想像通りの人口密度の新宿駅東口を通過する。改札を出た頃から人が溢れ、歌舞伎町方面への階段を登れば駅の建物に沿って人が立って並んでいる。つい最近までアルタ前と呼ばれていたここは待ち合わせ場所のメッカであり、とにかくとにかく人が多い。午前中の所用の服装のままスーツとコートでここを横切る。もうアルタはない。
大通りをまっすぐに直進する。紀伊国屋前を抜け、世界堂の手前で地下のベローチェに入った。時間を潰して携帯を眺め、思いついてPCを開くと、新しく動画がアップされていて札幌国際芸術祭の展示風景が映されている。丁寧な編集で見入る。綺麗に環境ノイズが排除されていて、それだけが逆に違和感を感じたが構造を知るには十分だ。自分の記述に誤りがあることを発見するが、もう直すつもりはない(気づいた人は著者をあざ笑いながら自分で訂正するべきだろう)。
時間になったので席を立ち、鞄を持って外へ出る。まだ夕刻で、すぐ先の交差点を左に曲がるとすぐのところにピットインがあり、そこでオープンゲート番外編が行われる。



ピットインはジャズライブハウスだと思うが、ステージと椅子は綺麗に片付けられて、椅子が壁際に二列ずつ、向かい合って並んでいた。いって見れば、客が見るのは、元の客席(の真ん中)。これまでアンサンブルズや装置系の演奏をここで見ることもあったが、ここまで客席自体が空っぽで、そこを見ることはなかった。しばらく喫煙をする。


時間になると、会場全体が暗く、というかほぼ闇に落ち、何も見えない。しばしするとステージがあった位置の方から人の足音がして、物音が小さく始まる。そこに盆を引きずるような音、数人の足音と気配だけが、闇に侵入してくるようだった。
言うまでもなくそれが開場であり、そこからオープンゲートがオープンした。床に、直接にスピーカーと機材を置いてガガガという異音を立てる米子匡司、半裸でテープをステージからバーカウンターまでビリビリとテープを鳴らして横断して直線上に貼り付ける水内義人、現れるテニスコーツ植野の緑色の獣のような異形、床をじかに打ちリズムを作り出していく女性たち二人、つばの広い帽子をかぶった人影が風船を膨らませながら横切っていく。


おそらく即興の解体以後の即興の姿があると言うべきだった。脱線、反予定調和、非線形性といった即興のイデアがコンピューターによって乗り越えられた以後、新たに獲得された空間性、非同期、創発性、そして歴史に積み上げられた伝統的な物質性、本能的な叫び、美術デザインの導入、それらが時間軸を土台にして四方八方で繰り広げられる。
特に耳を引いたのは、さやのコンクリート面をじかに叩くリズムであり、Sachiko Mの徘徊する銀盤の殴打だった。彼女たちはゆっくりと歩きながら、他の喧騒を眺めながら、交じりながらそれを行い、緑色の怪物やあちこちに引かれていくテープの中で時代を取り違えた儀式のような美的空間が薄闇の中に濃密さを増していく。伝統的な音楽技法を剥ぎ取りながら浮かび上がるトライバルな時間感覚が収斂して、最後は緩やかな退出とともにステージ背後のスクリーンに映し出された夏のオープンゲートとともに共演を果たして、オープンゲートは再び閉じられた。


これらを混淆的な、雑多なトライバルというのはやさしい。けれど、実際にはどこにも伝統によるものはなく、技法も形態も統一性を示すことのない、また、反復を欠いたリズムであることは注意を要するだろう。それらは即興がその実践の中で目指したものであり、そしてそのあとに、オープンゲートは、空間性の中で音楽的体験の創出を試みる時間経験の実験なのだ。
門が開き、門が閉じる。ただその区切られた中で、私たちを引きずるあらゆる慣習を捨て去ってなお行われる即興の姿とその濃厚な美学を、そこに見た。おそらくそのように言うべきだろう。


終演後、しばしの喫煙、しばしの挨拶の後、大友さんに挨拶して本を買い、そのままぼんやりしていると周りにいる人との会話が始まった。どうも札幌国際芸術祭についての会話のようだ。まだ終わっていない。